
トップ » さとう宗幸会長インタビュー2
今回も前回に引き続き、さとう宗幸会長のインタビューをお届けします。さとう会長から定禅寺通や音楽の話題を中心にお話をうかがいました。(2007年12月17日)
※インタビューの内容は11月28日時点のものです。
――めっきり寒くなりましたが、ご体調やお声の調子はいかがですか。さとう宗幸会長(以下、会長):つい先日、年2回仙台で開催しているコンサートの直前に風邪をひいてしまい大変でした。ずいぶん前に、山形でのコンサートの時にまったく声が出なくて苦い思いをしたことがあります。
苦い思いといえば、「青葉城恋唄」から30年の中で、コンサートに穴を空けたことが2回ありました。1回目は青森から鹿児島に移動して鹿児島で行うコンサートの時です。
青森からの飛行機が大雪で飛ばずにどうしても鹿児島に行けなくなって、それで1回コンサートに穴を空けたことがありました。
もう1回というのが先ほどお話しをした山形でのコンサートの時です。
今回の風邪も、鼻からのどをやられてしまったので心配したのですが、幸い熱は出なかったので体力は温存できてどうにか事なきを得ましたね。
――そろそろ仙台も光のページェントの季節に入りますね。今年さとうさんは点灯式にご参加されるとのことですが。
会長:個人的にはこの冬の時期のケヤキの樹木たちは、葉っぱを落として休みたい時期に入っていると僕は思っていて、この樹木に対して畏敬の念を持ってほしいなと思う気持ちがあります。
ただ、光のページェントは、いまや全国的にも知名度の高いイベントで、人もたくさん集まり、盛り上がっていますので、僕としては、この光のページェントに参加する皆さんの心のどこかでケヤキの樹1本1本に「ちょっとごめんね、ちょっとだけ辛抱してね」という気持ちを持っていて欲しいなという思いがあります。そんな気持ちを込めて、点灯式に参加をさせていただくつもりです。
この光のページェントは、20年という歴史の中で、全国的な冬の風物詩になりましたので、われわれの街のシンボルであるケヤキを大切にしようという思いと同時に、この冬の風物詩を市民で温かく見守っていきたいなあという思いがありますね。
――定禅寺通では、光のページェント以外にも四季を通じていろいろなイベントが開催されますね。さとうさんご自身として定禅寺通にいろいろ思い入れやエピソードがあると思うのですが、それについてお聞かせいただけますでしょうか。
会長:「青葉城恋唄」から30年経ちますが、東京からテレビや雑誌、新聞などのマスコミの皆さんが取材に来ていただく度に最初にお連れするのが定禅寺通なんです。それぐらい、定禅寺通は仙台のシンボリックな通りだと思っています。
あの通りを取材して映像などに収めていただければ、仙台の空気が見る人によく伝わるのではないかと思いますね。
今でこそ大きなビルが立って、ケヤキ並木もビルに隠れてしまいましたが、やはり定禅寺通は一番「杜の都」の名にふさわしい場所だと思います。だから、仙台に初めて訪れる方にとっても、青葉通や定禅寺通のケヤキ並木を見ることで、「杜の都」の印象を強く持っていただけるのではないかなと思います。そんな定禅寺通を仙台の象徴的な場所としてアピールしたいですね。
そんな訳で、例えば「定禅寺ストリートジャズフェスティバル」のように、「楽都」、音楽の都のシンボルとして定禅寺通が使われているというのは大賛成なんです。あと、たまにアートカフェみたいなことをやっていますが、あれも何となく仙台のまちに似合っていていいですね。常設してもらいたいぐらいです。
それと、光のページェントが終わった後の、少しさびれた雰囲気のケヤキ並木も、北国らしい風情があって、僕は大好きなんですよ。
――さて、来年の10月からは、仙台・宮城デスティネーションキャンペーンが開催されますね。さまざまなイベントが企画されているようですが、デスティネーションキャンペーンに対して期待することなどありますか
会長:今まで、官民こぞって宮城・仙台を対外的にアピールしようというような大がかりなことがなかったんですよ。そういった意味では、マスコミなどが積極的にデスティネーションキャンペーンのことを取り上げていることも功を奏して、県民・市民の意識がすごく高まってきていると思います。
この宮城の地にふるさとを持つ者としては、このデスティネーションキャンペーンだけは全国の模範となるような大成功を収めて、全国に宮城・仙台の名を知らしめたいと思いますね。
――もともと宮城・仙台は、仙台七夕もありますし、全国有数の米の産地でもあり、魚介類もおいしいということで、アピールしていけるものがたくさんあると思うのですが、それを積極的に自分たちからPRするということが、今まであまりなかったのかなという気がしますね。
会長:確かにそうですし、極端な話、昔、ある人からはっきりと「(PRが)下手だね」と言われたこともありますよ。仙台は東京から新幹線で1時間30分という近距離にありながら、冬場のスキーを積極的にアピールすることはないですよね。
でも、実際にこちらのほうにスキーに来る人たちなどは、「仙台でのスキーもけっこう面白い」と言ってくれるんですよ。
――それは、東北人が「奥ゆかしい」からということでしょうか。
会長:いや、やはりPRが下手なんだと思いますよ。
それだけに、今、行政と民間が一つになって頑張っていることはすばらしいと思いますし、「もっと宮城・仙台をアピールしよう」、「県内外、国内外を含めてもっと多くの人に関心を持ってもらおう」という県民や市民の皆さんの機運はすごいと思います。
そして、それに伴ってわれわれ「仙台シティセールスサポーターの会」、そして「仙台カフェ」の存在も大きくなってくると思いますね。
――その「仙台シティセールスサポーターの会」では12月23日に「仙台カフェ」のイベントを開催されるそうですがイベントの内容についてお聞きかせいただけますか。
会長:今回、12月23日にせんだいメディアテーク1階オープンスクエアを会場として、「仙台カフェ meets 光のページェント」と題して、イベントを開催します。
このイベントでは、「仙台カフェ・トークショー」として仙台カフェのコラムニストの方をゲストに迎え、仙台の魅力についてお話いただいたり、昨年の夏にオール仙台ロケで撮影された、映画『コーラスたい♪~彼女たちのキセキ~』の出演者の方をスペシャルゲストとしてお招きし、映画のみどころなどを伺います。
そのほかにも、今年の全日本合唱コンクールで金賞を受賞され、映画『コーラスたい♪』にも出演されている、宮城三女高OG合唱団の皆さんによるコーラス披露など、盛りだくさんの内容になっています。
また、このイベントに先立ち、12月12日には光のページェントの点灯式に合わせて、光のページェント実行委員会と共同で点灯式ライブを開催します。このライブでは、在仙アーティストの皆さんによるライブのほか、宮城三女高音楽部の皆さんによるコーラスも披露します。
さらに、12月25日には、仙台シティセールスサポーターの会主催による映画『コーラスたい♪』の特別上映会も開催いたします。
「仙台カフェ」はネットを利用している方にはかなり認知されてきていると思います。しかし、ただネット上だけではなく、仙台カフェを利用している方を含めて多くの方に直接触れ合っていただける今回のようなイベントは、われわれ「仙台シティセールスサポーターの会」の活動としては必要だし、大事にしていきたいと思っています。是非皆さんには、会場に足を運んでいただきたいですね。
――ありがとうございます。12月25日には映画『コーラスたい♪』の特別上映会が行われるとのことですが、さとうさんはこの映画をご覧になりましたか。
会長:この映画『コーラスたい♪』はまだ見ていないのですが、とてもいい映画のようですね。非常に期待をしています。
――この映画もそうですが、仙台という街は「楽都」ともいわれるように音楽がすごくあふれている環境にありますね。さとうさんもミュージシャンということで、「音楽の街、仙台」については思い入れがあると思うのですが、いかがでしょうか。会長:仙台はそれこそ四半世紀ぐらいの間に、音楽の都、まさに「楽都」にふさわしいさまざまなイベントが行われるようになりましたね。それはもう音楽に関わっている者というよりも、仙台に住む者としてすごくうれしいことです。
仙台の街は、僕の「青葉城恋唄歌」が出る前に、実は「音楽不毛の地」といわれた冷たい時代があったんですよ。仙台はヒット曲も生まれない街で、これといった音楽が育つような土壌がなかった。
半都会的、半田舎的という、ある意味では中途半端な空気がありましたね。例えば津軽なら津軽文化のようなすばらしい文化が本当に根強く存在していますが、そのころの仙台はどちらかというと東京、中央に迎合するようなところがありました。だから、独創的な、極めて創造的なものが「生まれにくい」、「育ちにくい」、「育てにくい」というような空気があったと思います。
それが、もうここ四半世紀の間に、本当にまたたく間に変わりましたね。
それは例えばスポーツもそうですが、仙台ではプロスポーツの団体が誕生すると、市民の皆さんが本当に熱い思いで支えていますね。今、考えてみると、これまで決して派手な動きはなかったけれども、市民の心の中には「何かを盛り上げていくんだ」という熱い思いはあったんだと思います。そして、「青葉城恋唄」が出る前というのは、そういうきっかけがなかっただけなのではないかと思います。
また、よく言われることですが、東北人というのは、意外と引っ込み思案で、何か新しいものにすぐ飛びつくのをためらうような気質がありますよね。そういった精神的な背景もあったのかもしれませんね。
ジャズフェスや、国際音楽コンクールをみるとわかりますが、文化的なものへのみんなの熱い思いというのは、この四半世紀の間に、これほどにもはぐくまれていたんだ、仙台にもこんな熱い思いがやっぱりあったんだ、ということを実感しましたね。
――音楽が深く根付く土壌が実は仙台にはあったということですね。
さて、今年も「みやぎびっきの会」(注)でチャリティコンサートを行うそうですが、今年は石巻で開催されるのですね。
会長:そうですね。できれば仙台に偏らず、県内のいろんなところで活動するのが本来の姿であり姿勢だろうなあと思っていました。あとは、ご存じのように中村雅俊さんのふるさとだということもありますね。
そういった意味では、仙台を離れて「みやぎびっきの会」のチャリティコンサートをやることは、むしろ出演する僕たちもすごく楽しみだし、それで石巻地区の皆さんが喜んでくれたらもう何も言うことはないですね。
――石巻でのコンサートというのは、仙台で行うのとはまた違った雰囲気かと思いますがいかがでしょう
会長:そうですね。石巻の皆さんが大きなステージに接する機会はこれまであまりなかったでしょうしね。
地元の企業の方々も含めて、皆さんが関心を持ってくださっているのを肌で感じています。それだけに仙台を離れて石巻での開催を決めたことはよかったと思いますね。
石巻のまちで大きなステージが行われるということで、皆さんの気持ちが盛り上がり、その事が後々にも何らかの形で具現化していけばよりうれしいですね。
――ありがとうございました。最後の質問になりますが、さとうさんご自身の今後のご活動についてお話をお伺いできればと思います。
会長:今、やっている「OH!バンデス」は、月~金の帯番組であるだけに、これからも生活サイクルを含めて、僕の活動の基本になるでしょうね。
来年は「赤いちゃんちゃんこ」を着る還暦の年を迎えますので、「還暦を迎えて年をとるごとに若くなっていくね」と言われるようにしたいと思います。
――これからもますます若々しい宗さんでいていただきたいと思います。ありがとうございました。
12月23日のイベントについては⇒こちら
(注)みやぎびっきの会
2005年9月5日、さとう宗幸さん、中村雅俊さん、稲垣潤一さん、遊佐未森さん、小柴大造さんの5人の宮城県ゆかりのアーティストで結成。毎年12月にチャリティコンサートを開催し、収益金の一部を、楽器や放送機器の補修費用として、宮城県内の小中学校に寄付している。今回は2008年1月26日(土)に石巻市民会館で開催。かの香織さんと声優の山寺宏一さんが参加し、小川もこさんが司会を務める。
さとう宗幸会長コラム : http://www.sendai-cafe.com/modules/doc/sato-column.html
さとう宗幸会長インタビュー1 : http://www.sendai-cafe.com/modules/doc/sato1.html
さとう宗幸会長インタビュー2 : http://www.sendai-cafe.com/modules/doc/sato2.html
■聞き手:樋口 智美
1970年3月生まれ 和歌山大学教育学部卒。9年前に大阪から仙台に移り住み、現在、ライター、テープリライター(テープ起こし業務)。また、聴覚障害者に対し、会議などに出向き、その場で話の内容をパソコンで文字入力し情報伝達を行う「パソコン要約筆記」の活動を行っている。仙台市内にあるパソコン要約筆記の団体では代表を務める。
「地元仙台でのお仕事にかかわることができて、本当に幸せです。ムネさんは毎日テレビで息子と一緒に拝見していて、応援しています!」
■写真:Ryu SUMIYA
投票数:13
平均点:6.92
|
TOP |























